ア ン ロ マ ン テ ィ ッ ク ・ ウ ェ ル カ ム ク ル ー ル





「もう一週間ですか」

貴方が旅について回るようになって。

ジェイドは眼鏡のブリッジを押し上げて、まるで昔を思い出すようにそう言った。そこには相変わらず読めない表情が浮かんでいるだけで、私には、どんな言葉を選び取れば良いのか、なんの選択肢も与えられないのだった。

「そろそろ板についてきたとでも?戦闘にも貢献してますし、やっぱりついてきて正解、」
「それは思いあがりで単なる勘違いです、。お馬鹿さんですねえ、一週間経っても」

ジェイドがさらりと言い放った言葉に返す台詞を持ち合わせているわけもなく、私はぐっと黙り込む。一週間経っても貴方は相変わらず手厳しい。

宿屋の一室で寛ぎながら言葉を交わすのは、今現在私たちだけで、ルークたちは買出しに出掛けている。出掛ける際にジェイドは、腰が痛いので遠慮させて頂きます、と爽やかな笑みを浮かべながら誰もが解る法螺を吹き、以来半ば強引に此処に居座っている。

「料理は出来ないし体力は無いし、常識も無い上に勘違い、突出したところがない貴方はどこをどう見ても足手纏いですしどう考えても迷惑です」

暇潰しにとジェイドは本を開きながら辛辣な言葉を並べに並べた。なんとまあ、どれもこれも否定できない。何のためについてきたのかさっぱり解らないくらい、私は役立たずであった。(ちなみに、唯一の良い所は私を楽しませようとしているところとそれが由来する性格だ、とジェイドが思っていたなんてことは、私は知らない。)それにしてもこうもはっきり言うことはないんじゃないか。

溜息混じりに言うジェイドをじとりとねめつけると、何の反応も返ってこなかった。

「済みませんねえ役立たずで。これからどうにか頑張りますよ」
「もう諦めなさい。貴方は何の役にも立たない。さっさと故郷に帰りなさい」
「ぐっ……、それ冗談にしても言い過ぎじゃないですか。遠路遥々ついてきたのに意味ないじゃないですか」
「羨ましいほどお気楽な頭ですねえ。冗談ではありませんよ」
「え」

そこで漸く気付いたのだった。全部がただの軽口ではなく、否定だったことに。

ちらりとジェイドを見遣ると、彼は本に目を通したままで、こちらを見ていなかったけれど、冗談めいた色はまったく宿っていなくて、恐らくそれは真実だった。

こうしてジェイドは私にさらりと重大な問題を齎した。帰れというのか、私に。家事も力も頭も使えない役立たずは必要ないからさっさと帰ってご両親へ親孝行のひとつやふたつしていなさい、そう言っているのか。まだ一週間しか経っていないのに。

どこから来たのかも解らない、どうしよう、という焦りが体中に行き渡って、じわりと嫌な汗が滲む。世界のために、まだ何をしてやることもできていないし、ジェイドに置いていかれるというのは驚くほど空しくて痛くて怖い。一度付き添うことに許可を下したのに、そんなのって、ない。

「……ということなので、今後どこを見ても駄目なようであれば置いていきます」

なんだ、警告か。

(良かった)

私は盛大な溜息と共に胸を撫で下ろした。まだ安心できる話ではないはずなのに、あっさりと余地があることを告げられると、途轍もなく安堵した。とりあえず今すぐに置いていかれるわけではないということだ。それにしても置いていかれる可能性というのが、相当高いのではないだろうか。

「びびらせないでくださいよ、もう。そういうことがしたいお年頃ですか?」

安堵の溜息のあと、すぐに取り直して調子に乗り始めた発言をする私は、本当に頭が足りない。でもしんみりしたり、黙りこくったり、弱気になったら絶対にジェイドに見捨てられると思って、黙ってなんかいられないのだ。

「びびらせるつもりで言いましたから。そしてくだらないことを言うと置いていく日が近付きますよ」
「…………はいはいどうも済みませんでした余計な発言は慎むよう以後気をつけますよ、大佐」

しれっと答えられて結局何か言い返せるような雰囲気ではなくて、私は渋々謝った。謝った様子をちらりと見たジェイドは、相変わらずの無表情で言った。

「気をつける必要はありません。…………と言われる日が来ないと良いですがね」

それは切実な願いだった、のだと思う。科白の後半に、はじめて色が宿ったから。

ひやり、とありもしない寒気が背中を這って、思考を停止しかけた私は、間の後に続いた言葉にまた安堵した。気をつけなくてよいということは、もう置いていくから何もしなくて良いということだ。なんて恐ろしい死の宣告だろうか。

「それにしても、貴方みたいなお馬鹿さんと出会って一週間ですか」

ジェイドがどこか遠い眼をして言った。それはただ美しいだけであって、他のどんな生き物にも例えられないような無機質で酷薄もので、けれど私はいつだって見惚れてしまう。

日域にあるその元来白い肌は、陽の光でもっと白く見えて、赤い目を外光が照らして光る。きれいとしか形容しようがないそれに目を細める。

「そうですね。まだ、一週間しか経ってないのに」

この気持ちは一体何なのだろう。目の前のうつくしいそれがいとしくて、なんだかせつなくて、どこか絶望的なこの気持ちを、どう表せばいいのだろう。

―――好き、なんですかねえ。

溜息まじりのふたつの声が同時に聞こえて、ふたつがわらう。ロマンティックはいつまで経っても、きっと訪れない。代わりに残酷な真実をあげよう。

たったの168時間で恋に落ちたのだ、愚かな2人組みは。




20070801