脳裏





「……大丈夫かしら、ルーク」

結果待ちで辛気臭い空気が漂っている中、ぽつりとティアが言った。

レムの塔から帰還した私たちは、真っ先にベルケンドの第一音機関研究所へと足を運んだ。千人のレプリカを第七音素に乖離させるために、通常以上の力を使ったルークの身体を気遣って、検査を受けさせるためである。ルークの進言で検査は彼ひとりで受けさせ、私たちは宿屋で待機することにしていた。

「どうだろうな……そもそも生き残る可能性が殆どないって、ジェイドが言ってたくらいだろ?」
「ガイ!酷いじゃありませんの!」

ガイが深刻そうな顔をしてティアに言うと、ナタリアが咄嗟に責める。確かに失言だったかもしれないが、現実問題、それを話さないことには何も会話は進まないのに違いなかった。

「言って意味のないことはやめなよ」

喧嘩するなら、辛気臭くても尚更黙っていた方がましだ。私がそう口を挟むと、そうだな、という声を筆頭に意見がまとまった。待っている側は、くだらない言い争いをするくらいなら効果はともかく祈っていた方がまだ良い。結局、何も出来ることなんてないのだ。精々心配し尽くすくらい心配しておけば良いってものだ。

「いやあ、やり込められてしまいましたね」

ジェイドが冗談めかして言った。こんな時に冗談を言うのが信じられないとばかりに、ジェイドへ咎めるような視線をティアとナタリアが送る。ガイは何も言わず苦笑していた。
残りの私は、こんな時だからこそ、彼のジョークがせめてもの救いだった。実は意外にも気の回るジェイドの、私の気持ちを知っての上での発言だったと、私は理解していたから、泣きたかった。





「……うん。ありがとう、ジェイド」

検査後、ルークは、血中音素が減っただけで、ほかには何事もなかったと結果の報告をした。良かったな、と言うガイや、恐らく一番心配していたであろうティア、ほかアニス、ナタリアは報告後、宿屋を後にした。

ルークがジェイドに礼を言うと、ジェイドも先に宿屋を出て行った4人同様、そこを後にした。あとでルークを待っている間に気を遣ってくれたジェイドに礼を言わないとならないな、と思う。宿屋に残ったのは私とルーク、それにミュウだけだった。

「えっと、……その。心配かけてごめんな。音素が乖離しかかっているってこと、みんなには、内緒にしておいてくれ」

どう切り出したものかと頬を掻くルークは、私にそう告げた。ルークの話によると、細胞同士を繋ぐ音素が、彼の身体の中から極端に減っており、近くに細胞崩壊を起こして死期を迎える可能性があるらしい。ティアたちには気を遣わせたくないから、黙っていてほしいというのがルークの言い分だった。

「解ったよ。だけど、入院はしないの?」

入院すれば治るのかというと、答えは否定形で返ってくる。それでも、医師シュウによれば、死期を遅らせることが出来るらしい。問えば、ルークは静かに首を振る。

「どうせ死ぬんだったら、俺、それまで楽しく生きたいんだ」

ルークはやわく笑って言った。暗い笑顔は、どうにか暗澹たる気持ちを払拭したがっているように見える。ルークの言うことは、多分自分がそうなっても言いそうなことだった。そうだね、とだけ私は言う。残り僅かかもしれないルークの選択を、否定したくなかった。

「ルーク、自分が『生まれた意味』って、何だと思う?」

我ながら、唐突に言う。ルークが居なくなる前に、私は彼自身にこれを聞いておきたかった。何の脈絡もなしにそう問えば、一瞬きょとんとした顔をルークはしたが、すぐに暗い顔をして話し始めた。これはルークがここ最近、ずっと考えていたことだと、私は知っていた。

「レムの塔に行く時は、『死ぬこと』だと思ってた。それで世界が繁栄することが、預言にも詠まれていたなら、多分最初からそうなることが決まっていて、それが俺の『生きてる意味』なんだって」

ルークはずっと、生まれた意味を求めていた。思い出してみれば、何のために生まれたのか、と常に誰かに問い掛けていたし、その答えが得られなければ、生きている意味がないとさえ思っていた。

「じゃあ、もう生きてる必要はないと思ってる?」

千人のレプリカと一緒に消えることが存在理由なら、消えずに済んだとしても、その理由はもうなくなったはずである。酷いことを尋ねている自覚はあるが、ルークの考えが聞きたかった。

「必要……は解らない。けど、死にたくない。……生きたいと、思ってる」

人一倍死を恐れるこのこどもが、ここへ来たとしても、死にたいと思うはずがなかった。ルークの握り締めた拳は、誰よりもその恐怖を知っていた。誰よりも、生への執着を知っていた。きっと今なら、世界中の誰より、生きたいと思っているに違いない。ずっと自分に疑問を持っていた彼は、死ぬはずだった時を乗り越えて、今を生きているのだ。

「ま、生きてる理由なんて考えなくたって良いよ」

流石に惨いことを訊いてしまって悪いなと思いつつ、元気付けるために努めて明るくそう言う。生きてるわけを考えたところで答えが出る方が何か特殊だし、自分自身、死にたくないから程度のものである。
そう言うと、ルークは呆気に取られたような顔をして、それからちょっとは元気が出たのか、ふっと笑った。(それでも弱弱しく、であるが。)

「どうしても理由が欲しいってんなら、私が『ルークなしでは生きていけない』という理由をつけてやろうかね」
「ははっ、何だよそれ」

冗談めかして言うと、元気付けようとしているのが伝わったのか、今度こそルークは声を上げて笑った。つられるようにして私も笑う。

ルークが笑顔で居てくれれば、それで私は幸せだよ、ルーク。だから死ぬまでは、そのまま私の隣に居てください。乖離が止められないのなら、せめて少しでも長く、笑っていてください。

それは思うだけに留めて、私は彼の死期ばかりを思って泣かずに、今このときを選んで笑った。自分勝手な願いは口にしない。残りの時間は、全部ルークが自分で選び取って生きていくのだ。幸せだったと思うために、生きていることを最高だったと思うために、彼自身が選択していくのだ。

「楽しく過ごそうね、ルーク」

そうしたら私、どんなに悲しくても泣かないよ。ほら、精々心配し尽くすくらい心配しておくから。君が居なくなってから、もし陰気くさい気持ちになったら、ジェイドの冗談を聞いて、アニスの五月蝿いくらい達者な口を聞いて、ガイを弄り倒せばいいんだ。ナタリアは気を落とすと思うけど、きっとアッシュが守ってくれる。なんだ、大丈夫じゃないか。私はきっと、大丈夫だよ。だけど、ティアはすごく落ち込むと思うから、私が元気付けてやらなくちゃ。それって多分、辛いだろうなあ。悲しいだろうなあ。ねえ、ティアを励ますくらいの気持ちで居なくちゃいけないなんて、どれほど悲しいと思う、ルーク?
でも、そんなこと訊けるわけがないから、それは私が一人で背負うよ。居なくなるかもしれない君に、何も持っては行かせない。

だから、楽しかったって、幸せだったって、どうか感じてね。

「わかってるって」

ルークが明るく笑った。
太陽みたいなその笑顔は、いつまでも脳裏に焼きついていた。




2008/08/12